マリア・モンテッソーリの生涯 
 
 モンテッソーリ教育の創始者、マリア・モンテッソーリは、1870831(明治3)イタリアのアンコナ州のキアラヴェに生まれました。

 才知に溢れた彼女は、当時男性のみの学部であった、ローマ大学医学部に進みましたが、偏見や差別など、多くの困難が彼女を待ち受けていたのでした。しかし彼女子は不屈の精神力と行動力で、その苦難を乗り越え、非常に優秀な成績で卒業し、イタリアに於ける最初の女性の医学博士になったのです。

 卒業後、彼女は1899年〜1901年にわたって発達遅滞児の教育にあたりましたが、その優れた指導に著しい成果があったことから、その理論と方法が正常児にも適用できると確信し、1901年再びローマ大学の哲学科に入学し、そこで実験心理学などと共に、イタール、セガンの教育とその業績を深く研究しました。

 その後1904年、彼女はローマ大学の教授に任命され、学生の指導にあたる傍ら、医師として患者の治療にもあたっていました。

 1907年、モンテッソーリは、ローマのスラム街サンロレンツォの「子どもの家」を任されましたが、ここでの彼女の研究によって見出された発見は、実に偉大なる発見でありました。

 その後、モンテッソーリ教育法は、急速に注目を集めるところとなり、全世界に広がり普及していきました。

 モンテッソーリ教育の広がりと共に、彼女はその普及と振興に務めながら、教師養成にも力を注ぎ、多くの著作を残しています。

 晩年、彼女は世界平和と子供の尊厳を訴える運動を世界各国で展開し、その功績が認められ、1950年ノーベル平和賞の候補にもあげられています。

マリア・モンテッソーリが亡くなったのは、1952(昭和27)56日のこと。享年82歳、人類の平和と幸福のための教育に情熱と愛を注いだ偉大なる生涯を閉じました。

マリア・モンテッソーリの墓碑には、「愛する全能の子等よ、人間と世界の平和を築くために、私と共に力を尽くすように」と彫られています。